2013年03月03日

学会誌より その2


無意識のうちに乗った〈旧パラダイム〉の船

 このように、パラダイムとは、どれを採用するかによって、ことごとく大きく異なったプロセスと結末がもたらされる。それほど、影響力のあるものなのだ。
 そして人は必ず、ガン闘病に限らず、常に何らかのパラダイムを採用して生きていかねばならない。ちょうど、人生という広大な海をどれかの船に乗って航海するように・・・。
 ところが困ったことに、パラダイムという船の選択はほとんどの場合、最初は無意識になされる。だから、本人には選んだつもりなど無くとも気づいたときには、もうすでにいずれかの船に乗ってしまっているのだ。
 いずれかの船・・・と今私は書いた。だが実際には少数の異端者を除き、圧倒的大多数が、その時代を支配している船に乗らされているのだ。〈旧パラダイム〉という名の船に。
 そして18年前の私がそうであったように、〈旧〉の理論的枠組みに縛られた結論を、やすやすと下してしまう。
 「三大療法しか自分の命を救う方法はない」あるいは「もう助からない。後は延命を図るのみ」とさえ。
 その結果・・・戦後60数年、一度たりともガン死者が減少した年は無く、今では年間33万人もの尊い命がガンによって奪われている。
 しかも、船瀬俊介氏が指摘するように、33万人のうち8割もが、実は、抗ガン剤をはじめとする治療の副作用で亡くなっているというのだから・・・パラダイムの選択を間違った結果は、かくも悲惨。
 幸いなことに私は、比較的早く旧い船を捨て、新しい船に乗り換えることに成功(とはいえ右腎臓を失ってしまったのは実に悔しい)。以来、ウェラー・ザン・ウェルの人生を謳歌している。
 そして、そんな私の使命は、かつての私によく似た後輩たちの、パラダイム乗り換えを手伝い促すこと。
 さらには近い将来、〈旧〉から〈新〉へと、乗客(患者や家族)はもちろん、乗組員から船長(医師たちとそのトップ)に至るまで根こそぎ乗り移る日を到来させること。つまり、パラダイムシフトを実現することだ。
 ウェラー・ザン・ウェル学会の主たる存在理由のひとつも、そこにある。
(つづく)



2013年02月24日

学会誌より その1


 以下は、2008年4月に開催された『日本ウェラー・ザン・ウェル学会シンポジウム・責任をとればガンは治る』第一号記念誌からの再録です。
 はじめに、このシンポジウムの性格を知っていただくため、表紙裏に掲載された、私のメッセージをお読みください。

 
メッセージ
学び合おう、心ゆくまで
川竹文夫 日本ウェラー・ザン・ウェル学会理事長


 ガン医療は、〈すがり〉と〈支配〉の歴史であった。
患者は治療者の権威にただすがり、治療者は患者の無知と依存心を支配し・・・。
 かくて、ガン死亡者は、年間33万人。
 しかしこの日。
 ガンの自然退縮者と医師たちとの真摯な共同作業が、ガン医療の新たな扉を開け放つ。
 キーワードは、〈責任をとる〉。
 4人のガンは、何故、自然退縮したのか?
 新たに自然退縮を目指す3人の方法は? 医師と治療の役割は?
 そして病の意味は?
 患者も医師も、会場に集うすべての人たちは、共に〈病に学ぶ同志〉。
 徹底的に学び合いたい。



以下は、本文の文章です。

第一回シンポジウム記念エッセイ

こっちのみーずは
あーまいぞ


パラダイムシフトの時
 シンポジウムの一日、私の胸を激しく打ち続けて止まない言葉があった。
 それは、「パラダイムシフト」。
 パラダイム(PARADIGM)とは、ある時代や社会の基本となる理論的な枠組み。規範となる物事の考え方。もっと砕いていうなら価値判断の基準や物差しのことであり、例えば、天動説や地動説もそのひとつ。
 そしてパラダイムシフトとは、天動説が否定されて地動説にとって変わったように、それまで時代を支配していたものの見方が根こそぎ変わることである。
 では、現代のガン医療を支配するパラダイムとは、どのようなものか?
 「ガンは無限に増殖する」である。
 そう。19世紀の細胞病理学者ウィルヒョウがガンを定義づけたあまりにも有名なあの言葉が今なお、パラダイムとして生き続けている。
 つまり、現代に生きる世界中のほとんどの人たちが・・・医者も患者もその家族も、あるいは自分だけはガンにならないと無邪気に思い込んでいる膨大なガン予備軍も・・・いったんガンについて考えをめぐらせ、何らかの判断をくだそうするときには否応無しに、「ガンは無限に増殖する」ものだという〈理論的枠組み〉から逃れられない。
 だから。もし彼が医者なら、ガンは見つけ次第一刻も早く、手術で切って取るべし、放射線で焼き殺すべし、抗ガン剤で毒殺するべし。
 もし彼が患者なら、それに黙って従うどころか、医者以上に積極的な場合さえ珍しくない。家族であっても事情は同じだ。
 まるで、三大療法一辺倒が絶対に守るべきルールであるかのごとく、人々をして振る舞わせてしまう。
 ちなみに私はウィルヒョウの定義から生まれたこのパラダイムを、〈旧パラダイム〉と呼んでいる。
 となれば、〈新パラダイム〉とはどのようなものか。言うまでもなく、シンポジウムのあの日、会場を埋め尽くした私たち同学の士が共有するパラダイムこそ、それ。すなわち。
 「ガンは、自然治癒する」である。
 だから。医者は、三大療法のように、患者の自然治癒力を妨げる野蛮を極力遠ざけ、それを応援し持ち上げる手段をさまざま試みることになる。
 患者であれば、ガンに対する恐怖心・・・〈旧パラダイム〉を信奉する圧倒的多数者から刷り込まれたものだが・・・と戦いながらも、生活習慣の改善に取り組むことで、自然治癒力を最大限にまでたかめるべく努力する。
このように〈旧〉と〈新〉では、考え方の方向が出発点からしてすでにまったく異なるのだ。
 しかもパラダイムの影響力は、治療法の選択だけにとどまらない。
例えば、ガン発病の原因。
〈旧〉では、不明だと考える。正常な細胞がある日、原因もなく、突然変異をするらしい。これも、かのウィルヒョウが言ったことだが。
〈新〉では、生活習慣の乱れ、あるいは不自然な生き方であると明確に捉えている。
例えば、ガン発病の意味。
〈旧〉では、単なる運の悪い偶然としか考えない。なにしろ原因さえ分からないのだから、意味など、とてもとても。だから、患者はつぶやく。「まったく、ついていない。私が一体何をしたんだというんだ」
しかし〈新〉では、他ならぬ患者自身の心と身体を傷つける、その辛く不自然な生き方を改めなさいという、呼びかけ、あるいはメッセージであると捉える。
だから彼らはやがて、微笑んで言う。「ガンになって、本当に良かった」と。
(つづく)