運命の子犬
一緒に帰ろう
その箱が視界に飛び込んできた瞬間・・・。
これは、買わなきゃいけない。
そう思った。と、ほとんど同時に、すでにしっかりと手に取っていた。
絶対に、連れて帰らなきゃ。
冷たい雨に濡れて震えながら、ずっと僕を待っていてくれた子犬を抱きしめるように、心に、そう呟いていた。
「これください」
驚く女性店員に、決然と差し出す。もちろん、値段などいっさい確かめない。そんなこと、したくない。
「お買い上げですか?」
うなずき返しながら、僕は質問する。
「いつから、ここにあったのですか?」
二週間前からの特別展示で、今日がその最終日。しかも、後三十分ほどでこのコーナーは片づける予定だったと、少しばかり興奮ぎみに話す彼女に適当な相槌を打ちながら・・・待たせてごめんね。僕は、子犬に、心のなかで何度も謝っていた。
テラテラ極彩色
ここは、都内有数のデパート。片隅に小さなワゴンがあり、そこに、二十個あまりの箱が並べられていた。すべて、デザイン学校の学生たちが作ったティッシュペーパーの箱だという。
なるほどね。どれもみな、センスがいい。こじゃれている。それだけに、ありきたり。
が、一つだけ・・・なんとも異様なものがあった。それが、僕をひたすら待っていた子犬、というわけだ。
特殊な樹脂で作られたというケーキのオブジェ。その盛り上げ方が凄い。これじゃ、ティッシュを引き出すとき、どうやっても邪魔になるだろう。
おまけに、これでもかとばかりに、こってりテラテラ極彩色で、いったい、どんな部屋に置けば、おさまると言うんだい?
でも、お前は、こうなんだよな。
こけ以外のありようは、知らないんだよな。
小さなエール
そしてきっと、お前の作者は・・・お前以上に・・・不器用で、場違いで、浮きに浮いて、回りの冷たい視線を浴びるだけ浴びて・・・弱気のときは、困惑と恥ずかしさにうつむきそうになり・・・けれど、すぐまた「負けないもん!」と、自分を励まして胸を張り、でもまた、うなだれそうになり・・・そんなことを繰り返しつつ、生きてきたに違いない。
それでなくとも生きにくいこの社会でこの世間で、自分を、いっそう生きにくくしながら、これからも生きていくのだろう・・・僕と、同じように。
すっかり雨に濡れて、いつ現れるともしれない僕をずっと待ち続けてくれていた、この子。運命のこの子。
やっと出会えた今日こそ、絶対に、連れて帰る。
きっと、僕にそっくりに違いない、この子の生みの親。顔も名前も知らない、そんなあなたに、そっとエールを送るため。
そして、僕自身にも、小さなエールを送るため。
これからもずっと・・・あなたが、あなたらしく、僕が、僕らしく・・・不器用に生きて行けるよう、願って。