2013年03月09日

カハル、世界への旅 第三回


妙な気分

 そして翌日。
 私は、古びた自動ドアが開くのを待ちきれないような高ぶる気持で、CDショップの店内に足を踏み入れた。MISIAのあの疑惑のCDを交換してもらうために・・・。
 疑惑? そう。私は確信したのだ。妻と二人で力を合わせても、さっぱり歌詞が聞きとれないのは、きっと、CDが壊れているせいだ。今まで、どこでも聞いたこともない奇妙なメロディーであることも、そのせいに違いない。レコードの針が飛ぶみたいに・・・と。
 だから、買った店で正常なものに交換してもらう・・・至極当然のことだ。
 が、次の瞬間だった。
 「待てよ?!」と、思った。
 何事にもせっかちな私には、めったにないことだが、何かこのまま勢いにまかせて行動してはいけないような、何とも言えない、慎重な、後ずさりするような気分に襲われたのである。
 「待てよ・・・もしかして壊れていない可能性もないわけではない。ゼロではない。その場合・・・恥を・・・うーん、待て」
 で、一、二、三秒。私は決心した。もう一枚、同じものを買おう!


壊れているのは、何?

「どうだった?」
 妻が、そっと、私にたずねた。
「うん、二枚ともいっしょだった」
「ふーん」
 その後は、二人とも無言。
 疑惑のCDも、新たに買ったものも・・・二枚とも、まったく同じように、〈とっても変〉に聞こえる。
 私は、この冷厳な事実が意味することを、じっと受け止めていた・・・なんて書くと、まるで命がかかっているような、何か重大なことに思えてしまうけれど、なんてことないのさ。二枚とも同じということは、CDは壊れていないということなのさ。でもって、壊れているのは、私の耳かもしれないってことなのさ・・・。ねっ、論理的にそうなるってだけのこと。


アンケートだって?

 数日後。
 私は、アンケート用紙に、十分な筆圧をかけて書きこんでいた。MISIA『眠れぬ夜は君のせい』と。
 えっ? 話が飛びすぎてわからない? 順序立てて話してくれって? 
 はいはいはい・・・あのですね、この日私は、あるミュージックスクールに来ていたのです。何のためにって・・・そりゃ、あなた、決まってるでしょ。レッスンを受けにきたのです。
 えっ? どうしてまた? 
 どうしてって、MISIAの『眠れぬ夜は君のせい』を上手に歌えるようになりたいからです。
 えっ? だってその曲、まったくわけが分からなかったんでしょ? CDが壊れてると思ったくらいに、それがどうしてまた?
 あーっ、もう。あんたも少しは自分の頭で考えたらどうなの? まったく。ともかくですね、今どきの若い人は、こんな歌が好きなのか、 だったら、俺も歌ってみたいなって、それだけだよ。
 で、渡されたアンケート用紙をみたら、「あなたの好きなアーティストや曲を教えてください」ってあるから、正直に・・・。


青虫と毛虫

「おーっ、凄いですね。MISIAさんがお好きなんですか」
 アンケートを見ながら、若い男の先生が、何とも良く響く快活な声を張り上げた。
 曖昧な笑顔を張りつかせて戸惑う私にお構いなしに、先生は・・・。
「いやー、なぜかちょうどここに『眠れぬ夜は君のせい』の楽譜があったりなんかして、どうぞどうぞ、さっそく、歌ってみましょうか」
 強引にスタジオへと私を案内し、早くもピアノを引き出したではありませんか。
 凄いと思った、心底。
 先生のピアノがではなく、歌い出した、私自身のことが。
 そうなのですよ。リズムもメロディーも、サッパリ何のことやらわからず、かてて加えて、歌詞も聞き取れず、歌詞カードの文字も小さくて読めず・・・なのに、私は、歌ったのですよ、実際に声も出して、何事かを。
(そのとき、どんな歌詞で歌ったのか今もどうしても思い出せない。というか、思い出すのが、怖い)。 
 でも、ともかく、歌った。出来不出来はさておくとして、ともかく歌った。で、あなたの意見をお聞きしたいのだけど・・・ピアノの音に対するこの反射神経って、もしかしたら、才能?
 でないことは、先生の表情をみて、瞬時に私にも理解できた。
 青虫と毛虫を、交互に並べるんです、交互に。青、毛、青、毛、青、毛という風に、数十匹。でもって、その上に、うっかり素足で
乗っちゃった・・・そんなお顔でした、先生は。
 堀井先生、その節は、本当に本当に、ごめんなさい。
             つづく



posted by 川竹文夫 at 17:08| カハル、世界への道

2013年02月12日

第二回 カハル、世界への道


 そもそも私はなぜ、カハルなどと名乗って歌の道に入ることになったのか。そのきっかけは、七年前にさかのぼる。

みいしゃ?

 眼下には、綿菓子の絨毯みたいな雲がふわふわとひろがり、そのとき私は、羽田空港へ着陸間近の機内にいた。持ってきた本も読んでしまったし、他にすることもない。で、音楽チャンネルでも聞くか・・・。
 というわけで、イヤホンを耳に当てるといきなり、女性の歌声が聞こえてきた。
 チャンネルに触れている指先は、お目当ての演歌チャンネルに変えようとしていたのだけれど・・・。
「ちょっと待ってくれ」と、耳が言った(聞くばかりじゃなく、耳もたまには話してみたくなったりするんじゃないかと思って、こんな表現を使ってみました)。
「あれっ! 何これ?」と思った。
 不思議な美しさだった。 えっ? 誰、これ? 卑弥呼の血を引いてたりして?
 と、次の瞬間、機内放送が入り、それは、暴力的に途切れ・・・でも、ちょっと待て・・・今、何かとても美しいものが、耳を通り過ぎていった気がする・・・。
「本機はいよいよ最終着陸態勢に入りました。シートベルトを今一度」
「あーっ、もうっ、分かってるよ、そんなこと、頼むから速く墜ちてくれ」なんて、パニクリ間違いしそうになるころ。
「みいしゃさんで、ねむれぬよるはきみのせいをお聞きいただきました」
 復活した音楽チャンネル司会者の声・・・。
 みいしゃ? 未医者?

 びっにいふぅーれっ???

「じのちゃん、聞いてみて、これ」
 翌日。私は妻(いつも、じのちゃん、と呼ぶのです)に、一枚のCDを手渡した。
 それは、羽田空港から自宅に向かう途中、最寄りのショップで早速買い求めたMISIA(ふーん、こう書くんだ)のシングル盤『眠れぬ夜は君のせい』だ。
 さて、ここでクイズです。
 私はなぜ、そうしたのでしょうか? 五秒以内に答えてください。では、スタート。五、四、三・・・。
 えっ?
「素晴らしい曲だから、あなたも一度、聞いてみないかい」・・・ブー。違います。
「もしかしたら、あなた好みかもしれないねってんで」・・・またしても、ブー。
「俺、もう聞きあきたから、もし気に入ったら、あげる」・・・ごめん。ブー、です。
 えっ?
 忙しいから、早くしてくれって? はいはいはい。お仕事ご苦労様ですね、本当に。
 では、正解をお教えしましょう。
 正解は、「このCDは壊れているのではないか、という重大な疑念を抑えきれなくなったから」であります。
 えっ? 意味がプー? 意味がわからない、ですか? 無理もありません。
 では、ご説明いたしましょう。
 曲の出だしは、なんとかOKでした。
「静かな、夜のとばりが、二人を、つつんでくれるぅ・・・」
 なんかロマンチックです。
 が、「ぱーすがっゆれるたっびっにいふぅーれっ・・・」のあたりから、しばし聴きとり不能。いっさい、意味不明。

苦悩の果てに?

 それどころか、なんというか・・・例えて言えば・・・洗面器に水を入れるでしょう、一杯、いっぱい。で、もって、洗面器を手のひらで叩いて振動させると、水の表面が、ピョンピョンププン・・・みたいに揺れますよね、で、小さな波の上に、言葉らしきものが、おっこちそうに乗っていて・・・。あ、おぼれてしこたま水飲んでる言葉君もいる(ンな分けないけどさ)・・・これでいいの? これって??? 何度聞いても????
 「これ、もしかして、CDが壊れてるかもしれない」「いや、昔のレコードじゃあるまいし・・・」「でも、やっばり・・・」
 そんな苦悩の果てに、「じのちゃん、聞いてみて、これ」と、なったのであります。
 
 すると・・・。
 恐る恐る聞く、じのちゃん。
 繰り返し聞く、じのちゃん。
「うーん」と、唸ったきりの、じのちゃん。
 やがて。
「何言ってるか、さっぱりわからないね。歌詞カードは?」
 皮肉な笑みを浮かべて、私は、それを渡した。で、彼女の様子を確認しつつ、自嘲して言った。
「読めないだろ、あまりにも、小さすぎて。聞き取れない、じゃ、文字で確認するかって思ったら、文字読めなーい! やってらんなーい!」
妻の困り果てた声。
「うーん。そうねぇ」
 私は、自らに言い聞かせるように言った。
「明日、行ってくるわ、俺」

            つづく

posted by 川竹文夫 at 20:25| カハル、世界への道

2013年02月05日

カハル、世界への道 第一回

歴史的瞬間

カハルの名を公にするのは、何を隠そう、このプログがまったくの最初。
て、ことは・・・そうです! あなたは今まさに、世界的歌手の卵が生まれる歴史的瞬間に立ち会っているのですぜっ! 
と恩着せがましく言われて感動する人など一人もいないことは、私もよーく分かっております。おりますが、これくらいヤケクソの勢いとデカイ態度で書き始めなきゃ、さすがの私も、いささか照れくさいというか、超恥ずかしくて、筆が進まない。何しろ、〈世界への道〉ですからね。
ここで、緊急アンケートです!!
以下の項目のうち、あなたは何から知りたいですか? その順番を教えてください。できるだけ、みなさんの興味にそって書いてゆきたいと思います。
注!!「いやべつに、何も知りたくない」なんてな残酷な回答は厳禁!!


1 カハルの名前の由来は?
2 〈世界〉とは、具体的に何を指す?
3 野望を抱いた、きっかけは?
3 世界を狙う本気度は?
4 ぶっちゃけ、どの程度、歌えるの?
5 過去、どんな音楽教育を受けてきた?
6 現在、どんな練習を、どの程度?
7 好きなアーティストは?

 

〈世界〉で優勝

なるほどぉ。では、ご要望に沿って、まずは2の、〈世界〉とは、具体的に何を指す? から始めましょうか、で、後は流れにまかせるという感じで・・・。
さて、私の言う〈世界〉とは。
ユーチューブでも有名な、二つのテレビ・オーディション番組のいずれかで、優勝することなのです。
その二つとは、1イギリスの『ブリテインズ・ゴッドタレント』 2アメリカの『X ファクター』。
ちょっと、そこの、あなたっ!! 今、呆れて、イナバウアーのように、のけぞってしまったでしょ!! もしかして、無理だと思ってませんか?
しかしまあ、驚くのも無理はない。どちらも世界的なスターを輩出している。ここで優勝するってことは、すなわち、世界一の新人とみなされたことになるんですからね、世界一の。
四十七歳のシンデレラ、スーザンボイルが出た。携帯電話のセールスマン・大逆転男、ポールボッツもここからデビューした。
 私の大大お気に入りの、アダム・ランバートなんか、今や、エルビスプレスリー二世と呼ばれ(二月に来日しますよ)・・・。
まだまるっきり子供のジョータは、マイケルジャクソン二世だって。
それから・・・女性アーティスト一押しの、アレキサンドラ・バーグなんか、もうもう、何と言ったらいいのか。
初めて一曲聞き終わった瞬間、思いましたね。「こんな風になりたいっ!!」と、心底。

livephot_1.jpg










 熱唱するカハル








涙の決意

で、そのころ、私のボイストレー二ングの先生だった男性歌手に、彼女のCDを聞いてもらい・・・声を張り上げたのです。
「先生っ! 私も、彼女みたいに、世界一にしてください」と
すると先生、「うーん、うーん、うーん」と、三十秒くらい、うなったきり。で、ようやく口を開くと絞り出すように。
「毎日、毎日、毎日」
「はい、毎日、毎日、毎日、ですね」と私。
「心から、心の底から」と先生。
「はい、心の底から」
「三年くらい・・・来世では・・・」
「????」
「来世では、必ず、とびきり才能のある黒人に生まれ変われるように、祈り続けてみるしかないです。三年くらい。それ以外、無理です」
 と、言い放つではありませんか。私の目を見つめてキッパリと。
あまりのショックに、その日は、どうやって家に帰ったか記憶がないほど・・・というのは嘘だけど、私の胸には涙があふれ、たったひとつの言葉が、次第に音量を上げながら、いつまでも、いつまでも、鳴り響いていたのは確かです。
「だって、なりたいんだモン」
「だって、なりたいんだモン」
「だって、なりたいんだモン」
こうしてカハルは、世界を目指すことになったのさ。かなり短絡的だけどね。


posted by 川竹文夫 at 19:31| カハル、世界への道