2013年04月14日

学会誌より その6


「科学革命」とも呼ぶべきパラダイムシフトが始まる

 数年前、私が名古屋で講演をしたときのこと。終了後はたいてい何人もの患者さんやご家族に相談を持ちかけられるのだが、その日は10人以上の行列ができた。
 中に、涙を流しながら話しかけてくる30歳台の男性が一人。近郊の大病院の勤務医だと言う。
 曰く。「今までたくさんの患者さんを三大療法で治療してきたが、ちっとも治らない。今日、川竹さんの話を聞いて、その理由がよく分かった」と。
 かつて、理想に眼を輝かせて医学の道を志し、以来、半生にも匹敵する膨大な時間を投入し忠誠を捧げてきたそのパラダイムが、今は手足を縛る桎梏となって彼らを苦しめているのである。
 そんな折、ガンの患者学研究所が主催する患者会ではここ数年、新しい現象が眼につく。自らガンを患った医師や看護師たちが会員となって例会に参加してくるのである。
 そして異口同音に言う。自分の病院の治療は受けたくない。病院では治らないと。
 そんな彼らを見るにつけ、私の脳裏にはある鮮やかなイメージが浮かぶ。
 それは、かつて何百万人という乗客でにぎわった巨船が、今は見捨てられ無用の箱となりはて波間に漂う姿である。
 〈旧〉から〈新〉へ。初めに、勇気と感性を併せ持った少数の乗客(患者さん)が、ぽつぽつと船を乗り換える。やがてその数は勢いを増し、初めはたかをくっていた船員の中にも確かな動揺が広がる。
 しかも・・・あろうことか、気がつけば既に船を守るべき船員たちまでが、この巨大船を見捨て始めていた。
 そして、なんと幸いなことだろう・・・この流れを一気に加速する手段を我々はしっかりとこの手に握っているのだった。
 それは、〈旧〉にとっても、もっともやっかいな存在、〈変則事例〉、つまり、〈自然退縮者〉である。
 さらに、抗ガン剤をはじめとする副作用による死亡者がガン死者の8割にも達し、あるいは再発すれば即、「もう治らない」ことが常識とさえなっている〈旧〉の現状を見るとき、再発・転移を乗り越えて治った多数の人たちの存在も、〈旧〉にとっては変則事例となるだろう。
 クーンは言う。
 変則事例もそれが少数にとどまるときは無視すればすむ。しかしどんなに取り繕うとも無視できないほどに数が増えたとき、〈旧〉への信頼は内部からも一気に崩れ、「科学革命」とも呼ぶべきパラダイムシフトが始まるのだと。
 とすれば、我々学会のなすべきことはすでに明確だ。
 自然退縮者を次々と輩出すること。〈治ったさん〉を続々と輩出すること。治る法則を導きだすことである。
 そして、我々にはそれが可能だ。
 
 私の胸底に執拗に焼き付いてうずく言葉がある。〈旧〉の信奉者の大イベントでのこと。自らのガンに苦しむ一人の医者から、それは次のように発せられた。
「抗ガン剤は薬物である。しかし我々は、その薬物なくして一日も生きてゆけない」
 そして、絶望的なこの叫びから日ならずして、彼は逝く。
 科学は、人間を幸福にするために存在し、パラダイムシフトは、その目的をより誤り少なく、より確実に実現するためにこそ、存在しているはずだ。
 我々は、パラダイムシフトが速やかに起こることを切に望むが、それは、ただ〈旧〉を打ち倒すことを目的としているのでは、決してない。
 人間を幸福にすることから大きく逸脱した〈旧〉という船から・・・〈治ったさん〉が、自然退縮者が、ウェラー・ザン・ウェルを実現した人たちが、そして治す喜びと誇りを知った治療化や医師たちがさんざめく、この〈新〉に乗り移ることを・・・優しく手を差し出しつつ、促すだけである。〈旧〉という巨船が沈む前に。
 そしてそれが、〈新〉という船に恵まれた我々の責務だとも、私は思う。
 今、季節は6月。小さな団地の古びた机に向かう私の耳に届くのはおびただしいカエルたちの命の歌。そして記憶の彼方からの遠い響き・・・。
 ホーホー、ホータルこい。
 そっちの水は、苦いぞ。
 こっちの水は、甘いぞ。

 優しい呼びかけに応じ、〈旧〉からは、やがて船長も乗り移ってくるだろう、我々のこの船に。
 そのときパラダイムシフトは完成し、そして、新しい歴史が始まるのだ。
   (学会誌より 終わり)


 


歯ぎしり


頑張るのが大好き

一日中

ガンバリに頑張って

疲れきって寝るときも

歯ぎしりを頑張っている


posted by 川竹文夫 at 21:01| 雨の日もいい天気