2013年02月14日

すべては幸せの前ぶれ その2


〈だから〉の意味

 とまあ、自虐ネタはこれくらいにして、さて、ここからが、このエッセイの肝。サビです。
 まず、第一回目の「すべては幸せの前ぶれだから」。
 これは、私自身への励ましの言葉。そして、私によく似て、生きることに不器用な、たくさんのガンの仲間たちへの、そう、あなたへの、応援メッセージです。
 人生は、思い通りに行くことよりも、うまくいかないことの方がずっと多い。いや、たいていは上手くいかない。
 それどころか、真面目に真剣に、チャレンジングに生きようとすればするほど、思いがけない失敗や挫折にまみれ、厚い壁に跳ね返されて、手ひどく傷つき・・・そんな小さな歴史を重ねるうち、私も仲間たちも、ついにガンにもなってしまった。
 けれど、たとえ今がどんなに辛くても、大丈夫、これはみんな、やがて必ずやってくる、幸せの前ぶれ。
 だから、何度転んでも、何度倒れてもいい。泣くだけ泣いたら、膝の泥を払って、ゆっくり立ち上がろう。そして、半歩前へ、ゆっくりでいいから、さらに半歩前へ。何も心配することはない。恐れることなんかない。
「すべては幸せの前ぶれだから」
 そう。この一行は、人生というものの法則、真理。そして、祈りを歌っているのです。
 では、「・・・だった」は?

〈だった〉に託すもの

 すべては幸せの前ぶれだと信じ、自らを励ましてはみたものの、またしても次々と困難が。 
 前進どころか、努力の甲斐なく、後退に次ぐ後退さえ。何度も、今度こそ駄目かと、挫け諦めそうになりながらも、それでもただひたすらに、ひたむきにもがくうち、ああ、気がつけば、「幸せひらく青い空」が待っていたのだ。 
 そこで初めて、私たちは気づきます。
 ああ、やはり。どんな困難も「すべては幸せの前ぶれ」・・・この法則どおりになっていくのだということに。
 そして、胸のもっとも奥深くから湧きあがってくる確信を、歌い上げるのです。あらゆる悲しみを乗り越え切った、喜びと誇りに満ち満ちて・・・。
 すべては 幸せの前ぶれだった
 すべては 幸せの前ぶれだった
 
 この世界には、私などのとうてい想像も及ばない悲惨が転がっています。
 けれど、いや、だからこそ。
 私は、この歌に託した法則を、どこまでも信じたいと思うのです。どんな悲しいできごとも、いつかきっと、幸せの前ぶれに変えてゆくことのできる、人間の強さを信じたいと思うのです。
 これは、私の甘さでしょうか。


posted by 川竹文夫 at 20:08| 心の弁当箱