2013年02月12日

第二回 カハル、世界への道


 そもそも私はなぜ、カハルなどと名乗って歌の道に入ることになったのか。そのきっかけは、七年前にさかのぼる。

みいしゃ?

 眼下には、綿菓子の絨毯みたいな雲がふわふわとひろがり、そのとき私は、羽田空港へ着陸間近の機内にいた。持ってきた本も読んでしまったし、他にすることもない。で、音楽チャンネルでも聞くか・・・。
 というわけで、イヤホンを耳に当てるといきなり、女性の歌声が聞こえてきた。
 チャンネルに触れている指先は、お目当ての演歌チャンネルに変えようとしていたのだけれど・・・。
「ちょっと待ってくれ」と、耳が言った(聞くばかりじゃなく、耳もたまには話してみたくなったりするんじゃないかと思って、こんな表現を使ってみました)。
「あれっ! 何これ?」と思った。
 不思議な美しさだった。 えっ? 誰、これ? 卑弥呼の血を引いてたりして?
 と、次の瞬間、機内放送が入り、それは、暴力的に途切れ・・・でも、ちょっと待て・・・今、何かとても美しいものが、耳を通り過ぎていった気がする・・・。
「本機はいよいよ最終着陸態勢に入りました。シートベルトを今一度」
「あーっ、もうっ、分かってるよ、そんなこと、頼むから速く墜ちてくれ」なんて、パニクリ間違いしそうになるころ。
「みいしゃさんで、ねむれぬよるはきみのせいをお聞きいただきました」
 復活した音楽チャンネル司会者の声・・・。
 みいしゃ? 未医者?

 びっにいふぅーれっ???

「じのちゃん、聞いてみて、これ」
 翌日。私は妻(いつも、じのちゃん、と呼ぶのです)に、一枚のCDを手渡した。
 それは、羽田空港から自宅に向かう途中、最寄りのショップで早速買い求めたMISIA(ふーん、こう書くんだ)のシングル盤『眠れぬ夜は君のせい』だ。
 さて、ここでクイズです。
 私はなぜ、そうしたのでしょうか? 五秒以内に答えてください。では、スタート。五、四、三・・・。
 えっ?
「素晴らしい曲だから、あなたも一度、聞いてみないかい」・・・ブー。違います。
「もしかしたら、あなた好みかもしれないねってんで」・・・またしても、ブー。
「俺、もう聞きあきたから、もし気に入ったら、あげる」・・・ごめん。ブー、です。
 えっ?
 忙しいから、早くしてくれって? はいはいはい。お仕事ご苦労様ですね、本当に。
 では、正解をお教えしましょう。
 正解は、「このCDは壊れているのではないか、という重大な疑念を抑えきれなくなったから」であります。
 えっ? 意味がプー? 意味がわからない、ですか? 無理もありません。
 では、ご説明いたしましょう。
 曲の出だしは、なんとかOKでした。
「静かな、夜のとばりが、二人を、つつんでくれるぅ・・・」
 なんかロマンチックです。
 が、「ぱーすがっゆれるたっびっにいふぅーれっ・・・」のあたりから、しばし聴きとり不能。いっさい、意味不明。

苦悩の果てに?

 それどころか、なんというか・・・例えて言えば・・・洗面器に水を入れるでしょう、一杯、いっぱい。で、もって、洗面器を手のひらで叩いて振動させると、水の表面が、ピョンピョンププン・・・みたいに揺れますよね、で、小さな波の上に、言葉らしきものが、おっこちそうに乗っていて・・・。あ、おぼれてしこたま水飲んでる言葉君もいる(ンな分けないけどさ)・・・これでいいの? これって??? 何度聞いても????
 「これ、もしかして、CDが壊れてるかもしれない」「いや、昔のレコードじゃあるまいし・・・」「でも、やっばり・・・」
 そんな苦悩の果てに、「じのちゃん、聞いてみて、これ」と、なったのであります。
 
 すると・・・。
 恐る恐る聞く、じのちゃん。
 繰り返し聞く、じのちゃん。
「うーん」と、唸ったきりの、じのちゃん。
 やがて。
「何言ってるか、さっぱりわからないね。歌詞カードは?」
 皮肉な笑みを浮かべて、私は、それを渡した。で、彼女の様子を確認しつつ、自嘲して言った。
「読めないだろ、あまりにも、小さすぎて。聞き取れない、じゃ、文字で確認するかって思ったら、文字読めなーい! やってらんなーい!」
妻の困り果てた声。
「うーん。そうねぇ」
 私は、自らに言い聞かせるように言った。
「明日、行ってくるわ、俺」

            つづく

posted by 川竹文夫 at 20:25| カハル、世界への道